試写会!!森のリトルギャング
試写会!!森のリトルギャング
テリー・ジョージ

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション 人気ランキング : 216位
定価 : ¥ 3,849
販売元 : ジェネオン エンタテインメント
発売日 : 2006-08-25
発送可能時期:近日発売 予約可
価格: ¥ 3,849
人は、どうして他と区別したがるのでしょう

人は、どうして他と区別したがるのでしょう。フツ族とツチ族。肌の色が少し黒いか、白いか?鼻の形が・・・。映画でホアキン・フェニックスが隣に座っていた女性に聞くシーンがあります。でも、どう見てもよく分からない「違い」です。でも、その区別が生死を分けます。
 そして、不気味なラジオ放送。部族の違いをことさらに強調し、人をゴキブリ扱いします。だんだん正常な感覚を麻痺させていく市井の人々。まさに狂気です。さらに武器の他国(中国からナタ!!)からの流入があります。
 このようなことが、ずっと繰り返されてきました。かつてはユダヤ人、911後はアラブ系。チェチェン、ボスニア・ヘルツェゴビナでもありました。他国(他民族)ばかりではありません。日本も・・・。
 人は、どうしてここまで壊れるのかと絶望感におそわれます。しかし、このような極限状況にあっても家族を、周りの人を思いやれるのも、また人間なのだと、希望も見いだすことができる映画だと思います。
 要は、日常にある「無意味な区別」を極力減らすことではないでしょうか。状況が一変すると、区別は差別になり、人の命を奪います。たとえば、関東大震災時の朝鮮人虐殺(朝鮮人を助けた警官もいたけど)です。
 もう一つは、武器です。どれだけ一部の指導者やマスメディアに煽動されても武器が無ければ、あれだけの被害は出なかったのではないでしょうか。そんなことを考えさせられました。

もう一度みたい!

ルワンダの内戦。私たちの日常とかけ離れた世界がそこにはありました。この映画の公開を心待ちにしていたが、なかなか田舎では公開されなかったところに、勤務先の高校での上映が決定。本日、生徒たちとともにこの映画を見ました。上映中、すすり泣く声、息をのむ音、それだけが響き、見終わったあとの生徒たちはそれぞれに熱く感想を語ってくれました。今までにもいろいろな講演を聴いたり、映画を見たりしてきましたが、こんなに衝撃的な映画はありませんでした。静かに、強く、心を揺さぶられる映画。ひとりでも多くの人に、この映画を見ていただきたいと思います。そしたらきっと、何かが変わる、そう信じたくなるような映画でした。

ルワンダのことを本当に何も知らなかった...

映画の中でジャーナリスト(ホアキン・フェニックス)が「世界の人々はあの(虐殺の)映像を見て“怖いね”と言うだけでディナーを続ける」と主人公に言うシーンがあるんだけど、まさに自分もその一人。アカデミー賞ノミネートされた評判のいい映画を観たいというミーハーなものでした。
さらに不謹慎を承知で言えば、この映画は大虐殺事件を描いた社会派の人間ドラマだけど、平凡な人間のサバイバルドラマであり、スリリングで息詰るサスペンス映画としても面白く観ました。

なんといってもドン・チードルの迫真の演技は本当に素晴らしかった。たくましく生きる男の姿と、家族への熱い愛情。元々は家族を守りたい為だけだったのが、半ば成り行きでそうなってしまった。でもそう決めたからには最後まで責任を持ってやろうとする。常に頭を働かせ、動き回る彼でも、国連軍や外国人が退去すると知って絶望のあまり立ちつくしてしまう。降りしきる雨の中、さらに次々と逃げてきた人が増えていく...。ちょうどそこに、子供たちの澄んだ歌声が聞こえてくる。このシーンは白眉でしたね。

観ている間はけっこう胸にズシリとくるところも多いのですが、観終わるとさわやかな感動に包まれて、ホッする気持ちになれる。でも、しばらくすると、やっぱり考えてしまいます。

英雄の物語、ではない

1994年にルワンダで起きたフツ族によるツチ族の大虐殺が記憶になかったわけではない。知っているつもりだった事件を、私たちは初めて「目撃」することになる。

ラジオはヒステリックに「殺せ」と叫び、煽られたフツ族の若者たちは武器を手にとる。血で血を洗う地獄絵図のなか、主人公ポールは自らが支配人を務める高級ホテルにツチ族を匿った。国連軍に見放され、食糧も底をつきていくなか、ついにポールは約1,200人のツチ族の命を守り通し、「アフリカのシンドラー」としてその勇気が語り継がれることとなる。

しかしこれは、英雄の物語ではない。きっかけは身近なところにあった。

ポール自身はフツ族だが、家族はツチ族。家族を守りたい。義憤に突き動かされてというよりは、家族への愛情からポールの奮闘は始まる。

歴史の暗部を真摯に描くと同時に、重い宿命を背負ったひとりの男を通してエンタテインメント性のある人間ドラマを完成させる。ハリウッドの底力を見せつけれらた。

オスカー脚本賞候補作品/ルワンダ大虐殺を私たち自身の問題として捉えられる映画になっているか?

 94年ルワンダはツチ族を支配するフツ族政権下にあった。自族出身の大統領の飛行機事故死をフツ族による暗殺とみなしたツチ族は、ツチ族大虐殺を始める。これは多くのツチ族を自分の勤務先ホテルに匿ったフツ族支配人ポール・ルセサバキナの物語。

 ツチ族の妻を持つポールが政府軍とのコネを最大限に利用して家族や隣人を必死に救おうとする物語の緊迫感は相当なものです。不条理な大虐殺を目の当たりにしながら、どうしようもないほどのやりきれなさを感じ、心拍数の上昇を抑えることができませんでした。

 私はオスカーの脚本・脚色賞の候補作品は毎年可能な限り見ることにしていますが、この作品は脚本の出来が映画の仕上がりを大きく左右することを示す好個の例です。「父の祈りを」と「ボクサー」という北アイルランド紛争を描いた二つの秀作映画の脚本家テリー・ジョージの作品ですから、不思議はありません。

 しかしフツ族政府軍に抵抗するツチ族反乱軍をあたかも解放軍であるかのようなトーンで描いている点が気になります。
 元来ツチ族は王族としてフツ族を長年支配してきた歴史があります。フツ族のツチ族に対する激しい憎しみがどのように醸成されてきたものかという説明がこの映画には決定的に欠けている気がします。
 また藤原章生のルポルタージュ「絵はがきにされた少年」(集英社)によれば、この映画で描かれた内戦終結後のルワンダでは、政権を握ったツチ族が今度は露骨にフツ族を差別しているといいます。

 そうした事情を知る私の目にこの映画は、民族間の憎悪の醜悪さを描くことには成功しているものの、その憎悪が誰の心にも生まれる可能性があるという根源的問題が描ききれていない作品に見えるのです。それが描かれていれば、私たちはこのルワンダ内戦を自分たち自身の問題として考える機会を得ることが出来たはずなのに。そのことを私は残念に思わざるをえないのです。

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